甲子園 ラッキーゾーンが復活したらホームランは何本増える?

甲子園球場にあった、ラッキーゾーンってご存知ですか?

今の若い方は確実に知らないでしょうね。

  ラッキーゾーンというのは、レフトスタンド側とライトスタンド側のラバーの手前に設置されたフェンスのことです。ヤフオクドームにもホームランテラスというのがありますよね。

文字通り、普通の外野フライがホームランになるという、バッターにとっては『ラッキー』と思えるようなゾーンのことです!

  そこで今回は、甲子園にラッキーゾーンが復活したらホームランはどのぐらい増えるのか?ということについて考えてみたいと思います。

  まぁラッキーゾーンなんか設置したら、ピッチャーはたまったもんじゃないですが・・・

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ラッキーゾーンって何?

  ラッキーゾーンは1947年から1991年まで設置されていました。

  これは都市伝説的な話ですが、かつて日米野球で甲子園球場に訪れたあの有名なアメリカの名選手ベーブ・ルースは、球場を見た瞬間『この球場は広すぎる』と言ったそうです。

生涯で通算714本もホームランを打ったバッターが言うぐらいですから、当時としては相当広かったんでしょう!

  そしてラッキーゾーンがあった時代の野球というのは、結構面白く今までとは違ったドラマなんかも生まれていました。

  例えば、これは30台後半の方は記憶にあるかと思いますが、『珍プレー好プレー』でよく取り上げられている阪急ブレーブスの山森外野手のプレーなんかが飛び出したりします!

(エッ!?阪急ってデパートの名前じゃん!と思っているそこのアナタ!阪急はその昔プロ野球の球団を持っていたんですよww)

  今では、普通の外野フライが

『入るか?入るか!?』

『ん、取られるか?取られるのか!?』

『取ったーーーー!!』

みたいな感じの、興奮するようなプレーがたくさんありました。(昭和あるあるですww)

  例えば甲子園球場の、左中間と右中間の方にラッキーゾーンを設置して、ヤフオクドームみたいに「ホームランテラス席」みたいにしたらどうでしょう?
その席に座っているお客さんはグラウンドレベルで野球を楽しめるし、何より席を設置することで観客動員増にもつながるんじゃないかなと思ったりもします。

  それでも阪神のオーナーさんは、『あかん!いくらかかると思ってんねん!!』なんて言いますかねww

  ちなみに、5月26日は「ラッキーゾーンの日」となっているそうです。

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ラッキーゾーンが増えたらHRはどのくらい増える?

それでは、仮にラッキーゾーンが増えたらどれぐらいホームランが増えるでしょうか?

  今のバットは性能もかなり上がっていますし、何より高校生の体つきが昔に比べると格段に良くなっているのでかなりホームランは確実に増えるでしょうね。

  ここで、過去にホームランの多かった大会を調べてみました。

大会回数(年度)  本数 主な打者
第88回(06年) 60本 中田(大阪桐蔭) 
第94回(12年)  56本 北條(光星学院)
第90回(08年) 49本 筒香(横浜)
第66回(84年) 47本 清原(PL学園)*
第67回(85年) 46本 清原(PL学園)*
第84回(02年)   43本 森岡(明徳義塾)
第72回(90年)  39本 内之倉(鹿児島実)*
第82回(2000年)   38本 武内(智弁和歌山)

*はラッキーゾーンが設置されていた年。

とこのようになっていました。が・・・去年、この記録を塗り替えました!

  2017年の夏の甲子園といえば、今までPL学園の清原さんが持っていた大会個人最多本塁打記録を、広島カープにドラフト1位で入団した、広陵中村君が塗り替えましたよね。

  そして、その記録を象徴するかのように1大会の通算本塁打記録も更新しました!

第99回(2017年) 68本 中村奨成(広陵)

  2017年が、68本なので仮にラッキーゾーンが設置されると100本超えは確実かもしれないですね。

  そうなるとピッチャーはあまりにも酷ですし、何より野球のスタイルが変わってきそうです。

  見てる方は楽しいけどやってる方はキツイという・・・

そして何より「熱闘甲子園」の、エンディングの編集も大変でしょうねww

まとめ

いかがでしたでしょうか?

  今回は、甲子園球場にラッキーゾーンが復活したらホームランは増えるか?についてお伝えしました。

  ちなみに、ラッキーゾーンが撤去された1992年はあの「ゴジラ」こと松井秀喜選手が出場した年でもありました。松井選手のHRは、ラッキーゾーンの有無に関係なくスタンドの中段あたりまで飛んでましたよね!

  それを考えると、あの明徳戦の「5打席連続敬遠」もうなずけます。さすがは名将・馬淵監督です!

  その明徳は、昨年秋に行われた明治神宮大会で優勝して、今センバツの優勝候補に挙げられています。

  ラッキーゾーンのあった時代、野球熱は非常に高かったです。小学生はみんな、ひいきのチームの帽子をかぶったりしてました。

  阪急ブレーブス、南海ホークス、大洋ホエールズ、近鉄バファローズ、ロッテオリオンズ、いやぁ懐かしいですね!

  ん!?こうやって見てみるとパ・リーグのほうが球団が変わっているチームが多いですね?

  当時のパ・リーグ人気というのは相当低かったんでしょうねww

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